Chlamydia trachomatis は、近年、世界的に最も頻度の高い性感染症の病原体として知られ、わが国でもその蔓延が社会的な問題となっている。
女性では子宮頸管炎や子宮付属器炎を起こし、卵管の癒着や通過障害で卵管妊娠や不妊を来たす。さらに上行感染によって肝周囲炎を起こすこともある。また子宮頸管炎の母体からの分娩時に母子感染した新生児に封入体結膜炎や肺炎が高率に発症する。男性では尿道炎、精巣上体炎などを引き起こす(http://idsc.nih.go.jp/kansen/k04/k04_08/k04_08.html参照)。また口腔性交(オーラルセックス)による咽頭感染の頻度も高く、成人の咽頭炎症例が報告されている(本号3ページ参照)。
1999年に提案された新たなクラミジア属の分類では、C. trachomatis はbiovar Trachoma とbiovar Lymphogranuloma venereum (LGV)に分けられた(本号3ページ参照)。なお、biovar LGVによる性病性リンパ肉芽腫症(鼠径リンパ肉芽腫症、第四性病)は現在輸入感染症としてまれに見られるのみで、本邦での性器クラミジアはほぼbiovar Trachomaに限られる。
感染症発生動向調査:1987年に「陰部クラミジア感染症」として約600の性感染症(STD)定点医療機関からの報告が開始され、1998年からは「性器クラミジア感染症」に改称された(本月報Vol.17, No.10、Vol.19, No.9参照)。1999年4月の感染症法施行後、4類感染症のSTD定点報告疾患となり、定点数も約900となった。2003年11月の感染症法改正後は、5類感染症となった。なお、スクリーニング検査による病原体・抗原・遺伝子陽性例は報告対象に含まれるが、抗体陽性のみの場合は除外される(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/kansensyo/kijun5b.html#31参照)。本特集では1999年4月以降の動向について述べる。
1999年以降の動向:患者報告数は漸増傾向にあったが、2002年以降横ばい状態である(表1、図1)。再び増加に転じるかどうかは、今後の経過をみる必要がある。
月別の一定点当たり患者報告数は、5月以降に増加し10月以降に減少する傾向が見られる(図2)。夏季に感染の機会が増えることが推測される。
患者の年齢群別割合は大きな年次変化は認められない(図3)。男女ともピークは20〜24歳で、次いで25〜29歳であった。しかし女性ではHIV感染と同様(本月報Vol.25, No.7特集参照)、15〜19歳の低年齢層の割合が約20%と特に高く、20〜24歳の割合も30%以上と男性に比べて高いこと、また男性では女性に比べて40歳以上の比率が高いことなどが特徴である。
問題点:保健所にエイズ相談・検査に訪れた人を対象にクラミジア抗体検査を実施している地方衛生研究所では、抗体陽性有率が高いことが報告されている(本号5ページ、5ページ、6ページ、7ページ参照)。しかし陽性の結果が過去の感染や肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae )抗体との交差反応等の影響である可能性を否定できないため、より正確な感染状況の把握のためには核酸増幅検査等への変更や併用も考慮する必要があると思われる(本号5ページ参照)。
検査法については、近年の核酸増幅検査法の開発普及によって、尿などの採取が容易な検体での病原体検査がある程度可能になった。ただし男性のスクリーニングでは検出率が高いが、女性では膣分泌物に比べると検出率はやや低くなる傾向が指摘されている(本号5ページ参照)。
現在のところ比較的まれとは思われるが、従来のC. trachomatis DNA検出キットでは陰性となるプラスミド欠損株の報告や、最近、婦人科を受診した患者でC. trachomatis とC. pneumoniae やモルモット等を宿主とするChlamydophila caviae に重複感染していた症例が報告されている。プラスミド欠損株同様、C. pneumoniae やC. caviae もC. trachomatis DNA検出キットでは陰性となるので診断上の問題点として指摘されている。また、クラミジアの分離培養と分離されたクラミジアの性状解析の重要性が示されている(本号7ページ参照)。
現状の感染症発生動向調査では、性器外のクラミジア感染症の動向を把握することには限界がある。母子感染の新生児肺炎の一部は基幹定点から「クラミジア肺炎」として報告されるが、C. trachomatis 肺炎はC. pneumoniae 肺炎とは区別して報告されていないため実態の把握は困難である。また、広がりが危惧されるC. trachomatis 咽頭炎は発生動向調査の報告対象ではない。これらの実態の調査は今後の検討課題と思われる。
都道府県別報告状況をみると(図4)、一定点当たりの報告数が20を超える都道府県がある一方で報告が5未満の県もある。また、男性が多い県の分布と女性が多い県の分布に乖離が見られる。実態をどのように反映しているかを知るため、定点数ごとの解析や、定点医療機関の診療科目別の解析ができるようにサーベイランスシステムを改善することが必要と考えられる。