The Topic of This Month Vol.29 No.2(No.336)

ボツリヌス症 2008年1月現在
(Vol. 29 p. 35-36: 2008年2月号)

ボツリヌス症はボツリヌス菌(Clostridium botulinum )等が産生するボツリヌス毒素によって神経麻痺性の中毒症状がおこる疾患である。ボツリヌス菌は偏性嫌気性の芽胞形成菌で土壌、河川、海洋に広く存在しており、ボツリヌス菌芽胞が低酸素状態に置かれた時、菌の発芽・増殖がおこり毒素が産生される。毒素型による分類ではA〜Gの7種類が知られているが、ヒトの中毒はA、B、E型の毒素によるものが主で、稀にF型による。ボツリヌス毒素は末梢神経細胞末端でのアセチルコリンの放出を阻害する作用をもち、結果として副交感神経と運動神経が遮断される(本号3ページ)。ボツリヌス症は食餌性ボツリヌス症、乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症、成人腸管定着ボツリヌス症に分類される。

1999年4月施行の感染症法では「乳児ボツリヌス症」が全数把握の4類感染症に定められたが、2003年11月の同法改正で「ボツリヌス症」に変更され、本菌に起因するすべての疾患に対象が広げられた。ボツリヌス症を診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届出を行う義務がある(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-32.html)。また、食品が原因の場合は食品衛生法に基づき直ちに食中毒としての届出も必要である。

食餌性ボツリヌス症:いわゆるボツリヌス食中毒であり、ボツリヌス毒素に汚染された食品を摂取することによって発病する。多くの患者は初期症状で視力の低下、瞳孔散大、複視、眼瞼下垂、対光反射低下などの視覚異常を訴えるとともに、口内の渇き、嗄声、腹部の膨満感、吐き気、嘔吐、歩行異常、嚥下困難、便秘、全身の筋弛緩などの症状を呈する。重症の場合は呼吸筋の麻痺による呼吸不全で致命的となる。原因食品の摂取から発病までの時間は摂取された毒素の量と型によるが、数時間〜2日程度である。強力な毒素が原因であるため致死率は他の食中毒に比べてかなり高い(10〜20%)。

乳児ボツリヌス症:生後1歳未満の乳児が芽胞を経口摂取することによって、腸管内でボツリヌス菌の発芽・増殖がおこり、産生された毒素によって発症する感染型の疾患である。1歳未満の乳児が発症するのは、腸内細菌叢が成人とは異なりボツリヌス菌の定着と増殖がおこりやすいためと考えられている。症状は便秘傾向にはじまり、全身の筋力低下をきたす。泣き声や乳を吸う力が弱まり、頸部筋肉の弛緩によって頭部を支えられなくなる。顔面は無表情になり、散瞳、眼瞼下垂、対光反射の緩慢などボツリヌス食中毒と同様な症状が現れる。呼吸障害が生じ重症化すると死に至ることもあるが、乳児ボツリヌス症の致死率は食中毒に比べると低く2%程度である。

創傷ボツリヌス症:患者の創傷部位でボツリヌス菌の芽胞が発芽し、産生された毒素により中毒症状がおきる。米国では麻薬常用者の注射痕からボツリヌス菌の感染がおきた例などがしばしば報告されている(MMWR 52: 885-886, 2003)。

成人腸管定着ボツリヌス症:1歳以上の子供と成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内でボツリヌス菌が定着、増殖して発病することが報告されている。発症は外科手術や抗菌薬の投与によって患者の腸内細菌叢の破壊や菌交代現象がおこっている場合に限られる。

患者発生状況:食餌性ボツリヌス症は1951年に北海道で自家製の「いずし」を原因とする最初の症例が報告されて以来、いずしや魚類の発酵食品を原因とする事例が、北海道や青森などの北日本を中心として1980年代前半までは毎年数件報告されていた。その後食餌性ボツリヌス症の発生は散発的となり(IASR 21: 49-50, 2000)、2000年以降は報告がなかったが、2007年4月に岩手県で自家製鮎いずしによるボツリヌス食中毒事例(患者1例)が発生した(本号4ページ)。いずしによるボツリヌス食中毒の原因毒素型はE型のみが報告されている。いずし以外の原因食品は輸入瓶詰キャビア(1969年宮崎、B型、患者23例、死亡3)、辛子粉に起因する真空パックのカラシレンコン(1984年14都道府県、A型、患者36例、死亡11)、輸入オリーブ瓶詰(1998年東京、B型、患者18例)(該当記事1該当記事2)、真空パックハヤシライスソース(1999年千葉、A型、患者1例)(該当記事1該当記事2)などによる事例があり、A、B型毒素によるものが多い(IASR 21: 49-50, 2000)。

一方、乳児ボツリヌス症は、1986年の千葉県の最初の症例から2008年1月現在まで24例の発生報告がある(表1)。わが国では発生頻度の低い疾患だが、感染症法施行後7例の届出があり、2005年以降は毎年2例ずつ発生している。1990年以前はハチミツが原因食品と考えられる症例がほとんどであったが、乳児にハチミツを与えることの危険性が周知されたこともあり、近年はハチミツ摂取歴のない症例のみになっている(本号4ページ)。このうち原因が特定できたものは、2004年東京での自家製野菜スープが原因とされたE型毒素を産生するC. butyricum による症例(表1 No.18)と2006年に宮城県で発生し患者自宅の井戸水が感染源とされた症例(表1 No.22)である。原因特定ができないことは現在の乳児ボツリヌス症の問題の一つであり、予防のためにも、本症の発生時には食品に加えてハウスダストなど居住環境からの菌の検索も行い、原因を特定することが望まれる。乳児ボツリヌス症の原因毒素型はA、B型が多く、土壌にこれらの菌型が多い外国から、輸入食材などに芽胞が付着して持ち込まれている可能性も考えられる。

創傷ボツリヌス症と成人腸管定着ボツリヌス症の国内での発生報告はない。

上記のように日本ではボツリヌス症はまれな疾患だが、米国では年平均100例程度の発生が見られ(本号10ページ) 、約7割が乳児ボツリヌス症である(http://www.emergency.cdc.gov/agent/botulism/clinicians/epidemiology.asp)。表2に統計データのある各国の乳児ボツリヌス症の報告数を示す。

診断・治療:ボツリヌス症の診断は、患者の嘔吐物や便、原因食品からの毒素または菌検出によって確定される(本号5ページ)。血清からも毒素が検出されるが、乳児ボツリヌス症では検出されないことも多い。

治療は通常、呼吸管理下での対症療法およびウマ抗毒素血清の投与が行われる(本号11ページ)。食中毒患者の早期診断は、抗毒素療法開始を早め、致死率の低下につながる。乳児ボツリヌス症では致死率が低いことと乳児に対する効果と危険性が明らかでないことから、抗毒素血清を投与することはない。ただし、米国では2003年に認可されたヒト由来の免疫グロブリン製剤が乳児の治療に用いられ、入院期間短縮などの効果があると報告されている。抗菌薬投与が行われることもあるが、殺菌された菌体から放出される毒素によって症状を悪化させるおそれがあるので、特に乳児では注意が必要である。乳児ボツリヌス症の患者便には含まれる菌数と毒素量が多く、検出されなくなるまで発症後2、3カ月かかる場合が多い。従って、二次感染を防ぐため、医療従事者、介護者は患者便を感染性廃棄物として処理する必要がある(本号4ページ)。

国立感染症研究所と地方衛生研究所はレファレンスセンター網を設置し、スムーズな検査対応と情報共有を行っている(本号8ページ)。

感染症法に基づくボツリヌス菌および毒素の規制:2007年6月に施行された感染症法改正でボツリヌス菌およびボツリヌス毒素は、二種病原体等に分類されており、その所持、使用、移動には厳しい規制がある(IASR 28: 185-188, 2007)。検査によって菌が分離同定された場合は1日以内の届出、3日以内の滅菌廃棄、または他の施設へ移管などが必要となる。分離菌を所持保管する場合は施設基準、保管条件をみたした上で大臣の許可が必要になる(本号8ページ)。

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