The Topic of This Month Vol.30 No.10(No.356)

新型インフルエンザ−パンデミック(H1N1)2009 2009年5〜9月
(Vol. 30 p. 255-256: 2009年10月号)

新型インフルエンザの発生:2009年4月12日に国際保健規則に基づいて、メキシコから肺炎による死亡者およびインフルエンザ様疾患の増加が世界保健機関(WHO)に報告され、次いで米国南カリフォルニアでこれまでにヒトから分離されたことが無いインフルエンザウイルスが発見され、メキシコの患者から分離されたウイルスと同一であることがわかった。これを受け、WHOは4月24日にこれを国際的に重要な公衆衛生上の事例であると宣言し、感染拡大に対応してパンデミック警報レベルを4月27日にフェーズ4、4月29日にフェーズ5、6月11日にフェーズ6(病原性は中等度)に引き上げた。

今回の新型インフルエンザは数回名称変更されたが、現在WHOではウイルスはinfluenza A (H1N1)pdm (以下AH1pdm)、疾病名はPandemic (H1N1) 2009と呼んでいる。

日本での発生:わが国では、WHOのフェーズ4引き上げとともに2009年4月28日に「新型インフルエンザ(H1N1)」を感染症法に規定する新型インフルエンザ等感染症の類型に位置づけ、検疫体制を強化した。5月9日に成田空港の検疫において米国経由でカナダから帰国した高校生ら3名からAH1pdmがPCRで検出された(本号3ページ4ページ)。5月16日に神戸市と大阪府で、それぞれ最初の国内感染患者が確認され、兵庫県内、大阪府内の高校を中心にした集団発生が明らかとなった(本号12ページ)。発熱患者は発熱相談センターに相談後発熱外来を受診すること、確定患者の指定医療機関への入院隔離、濃厚接触者の自宅待機要請、患者発生地域での学校閉鎖などの対策が行われ、その後の地域的拡大は抑制された(本号5ページ)。しかし、6月に入ると日本各地で患者発生が続き(本号6ページ8ページ9ページ10ページ)(図1)、7月16日までに全都道府県で新型インフルエンザ患者が発生した。

国内でのサーベイランス:発生当初は感染症法に基づいた疑い例の全例検査と全数報告が行われ、7月23日までに5,038人の確定例が報告された。7月24日以降は既存のインフルエンザ定点サーベイランス・病原体サーベイランス、学校欠席サーベイランス(インフルエンザ様疾患発生報告)に加えて、クラスター(集団発生)サーベイランスと入院(重症例)サーベイランスが実施されている。感染症法に基づく入院隔離は不要となり、入院は治療上必要な場合となっている。

日本では1987年以来インフルエンザ定点(現在は約5,000、内科2,000+小児科3,000)から週ごとのインフルエンザ患者数が報告され、その約10%の病原体定点で採取された検体および集団発生例・重症例から採取された検体について各地方衛生研究所(地研)でウイルス分離同定検査を行っている。地研で分離されたウイルスについて国立感染症研究所(感染研)で抗原分析、遺伝子解析、薬剤感受性検査などを実施している。

発熱患者の多くが発熱外来に誘導されていた7月初めまでは定点医療機関におけるインフルエンザ患者数の増加はみられなかったが、自治体が発熱外来を中止し、多くの定点を含む一般医療機関での診療体制に移行し始めた第28週(7月6〜12日)より徐々に増加傾向がみられた。第32週(8月3〜9日)には定点当たり0.99、第33週には1.69となり、インフルエンザシーズンにおける流行開始の指標である1.0を超えた。第38週(9月14〜20日)では4.95に達しており、この週に全国の医療機関を受診した患者数は27万人と推定される(図2)。沖縄県では7月末に患者が顕著に増加し、第34週に定点当たり46.31とピークに達した(本号10ページ)。

ウイルス検出報告では、AH1pdmが最初に検出された5月頃にはAH3 亜型が優位であったが、第24週(6月8〜14日)頃より明らかにAH1pdmが優位となり、7月以降のインフルエンザ患者のほとんどは新型インフルエンザとみなされる(図2図3およびhttp://idsc.nih.go.jp/iasr/influ.html)。

9月に入り、夏季休暇終了とともに学校欠席サーベイランスおよびクラスターサーベイランスにおいても集団発生により臨時休業する施設が急増している。

症状と予後:新型インフルエンザの症状は、咽頭痛、急激な高熱、咳、鼻水、倦怠感などであり、季節性インフルエンザと区別できない(本号12ページ)。メキシコの報告での致死率は0.4〜0.5%ほどで、季節性インフルエンザの0.05%より高く、アジア型インフルエンザと同程度である。死亡例の半数以上は、喘息、糖尿病、心臓病、免疫機能低下状態などの基礎疾患があり、病的な高度肥満、妊婦(第3期)も、ハイリスクとの報告がある。

国内では重症例、死亡例の割合が目下のところ海外より明らかに少ないが、症例数の増加とともに重症例や死亡例の報告も少しずつ増加している。9月29日までの入院例1,323人中人工呼吸器利用54人(本号13ページ)、急性脳症34人(本号14ページ)、死亡17人が厚生労働省で把握されている。現在のところ死亡例は成人がほとんどであるが、入院例は小児の方が多い。入院患者の4割は何らかの基礎疾患を有している(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html)。

検査:わが国においては、米国CDCが公開した遺伝子情報に基づき、感染研が設計したPCRプライマーと陽性コントロールが緊急配布され、5月1日頃には、全国の地研および主要検疫所でPCRによる検査診断が可能となった。なお、わが国では迅速診断用の抗原検出キットが臨床現場で普及している。この簡易キットは熱の出始めなどでは検出できないことが多く、発熱の翌日の方が陽性率が高くなるが、AH1pdm感染においても同様である。

治療:わが国では従来より必要に応じてインフルエンザの治療に抗インフルエンザ薬が使用されている。予防投薬は原則として行わないことが、現在の基本方針となっている。なお、抗インフルエンザ薬による治療開始にあたって迅速診断検査やPCR検査の実施は必須でない。また、現在までにデンマーク、日本(本号16ページ)、香港、米国、メキシコなどでH275Y遺伝子変異によるオセルタミビル(タミフル)耐性ウイルスが検出されているが、臨床上の問題は目下生じていない。

ワクチン:日本では鶏卵培養法によるアジュバント無添加のインフルエンザHAワクチンのみが製造承認されている。2009/10シーズンの季節性用ワクチンを予定量の80%で生産終了し、WHO推奨株A/California/7/2009(H1N1)pdm様株を用いて、新型インフルエンザワクチンの生産を開始した。5,400万ドース(2回接種の場合2,700万人分)の生産が見込まれる。医療従事者、妊婦、基礎疾患を有する者、1歳〜小学校3年生、0歳児を持つ両親という優先順位でこの国産ワクチンを接種する方針となっている。さらに接種対象を全小学生、中学生、高校生、高齢者などに拡大すると、国内生産量では足りない可能性がある。なお、海外では細胞培養型やアジュバントが添加されたHAワクチンも製造されている。

終わりに:今後の流行拡大に対するサーベイランス体制の強化、医療体制の整備、治療薬やワクチンの確保が急がれる。厚生労働省は脳症や呼吸管理を必要とした重症例の症例集を公開している(http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/hourei.html)。

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