The Topic of This Month Vol.31 No.4(No.362)

Hib(インフルエンザ菌b型)侵襲性感染症とHibワクチン

(Vol. 31 p. 92-93: 2010年4月号)

インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae )は、グラム陰性球桿菌または桿菌であり、菌を被う莢膜多糖体の糖鎖構造の違いにより、a〜fの6つの血清型と無莢膜株(non-typable)型に分けられる。このうち侵襲性の高いインフルエンザ菌はb型の莢膜を持つ株で、Hibと呼ばれている。無莢膜型インフルエンザ菌はヒトの鼻咽腔に常在菌としてみられるが、Hibは、乳児や小児の敗血症や髄膜炎、急性喉頭蓋炎などの侵襲性感染症の起因菌となることが多い(本号3ページ)。IASRでは2002年に細菌性髄膜炎の特集を行っている(IASR 23: 31-32, 2002)が、Hibに関しての特集はこれまで行っていない。2008年12月からわが国でもHibワクチン接種が任意接種としてではあるがようやく導入されたこと、厚生労働科学研究においてHib侵襲性感染症に関する疫学研究が進められているところなどから、今回これら研究班の成績をふまえてわが国のHib感染症の現状をまとめることとした。

疫学的状況:Hib感染症のわが国における発生動向は、感染症法にもとづいた感染症発生動向調査において行われている全国約 500カ所の基幹病院定点から報告される細菌性髄膜炎から窺い知ることはできるが、Hib感染症に焦点を当てた国のサーベイランスは残念ながらない。

1.感染症発生動向調査による細菌性髄膜炎の報告:2006〜2009年は年間350〜484例の細菌性髄膜炎の報告があり、増加傾向をみせている(図1表1)。患者の年齢は0歳、1歳が最も多く、学齢期までにかけて減少し、30代以降で再び増える(図2)。起因菌は半数近くが不明であるが、明らかになったもののうちでは、インフルエンザ菌と肺炎球菌が多い(図1表1)。5歳以下ではインフルエンザ菌が多く、6歳以上ではインフルエンザ菌は少ない(図2)。インフルエンザ菌による細菌性髄膜炎は0歳児では2カ月以降に増加している(図3)。

2.小児における侵襲性細菌感染症の動向:全国多施設共同研究(1道9県)による2007〜2009年の調査(本号4ページ)では、Hib髄膜炎は5歳以下小児人口10万人当たり5.6〜8.2、髄膜炎以外のHib侵襲性感染症は同じく1.4〜5.4であり、現在国内においてはHibによる小児の髄膜炎が毎年400例程度発生していると推計される。

3.Hib感染症発生データベース:小児科入院施設を有する全国の病院に依頼状を送付し、2009年5月から、0〜15歳までのHib感染症入院例についての任意報告を国立感染症研究所感染症情報センターホームページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/hib/hib-db.html)へのウェブ登録により実施している(本号6ページ)。2009年5月〜2010年1月までの9カ月間に103医療機関から200例が登録された。年齢は0〜2歳で84%(0歳36%、1歳31%、2歳17%)を占める。0歳の月齢は、7カ月以上が7割弱であった。

診断名は、髄膜炎が最も多く128例、次いで菌血症77例、敗血症26例、肺炎20例、急性喉頭蓋炎12例などであった。重度の後遺症(発達・知能・運動障害など)が5例、聴覚障害も6例にみられた。また、死亡は3例であり、登録された患者の致死率は1.5%であった。

治療・耐性菌:Hib侵襲性感染症の治療には、近年ceftriaxone(CTRX)、cefotaxime(CTX)、meropenem(MEPM)あるいはCTX+MEPMなどが用いられることが多い。2000年以降の約10年間に調査された化膿性髄膜炎由来インフルエンザ菌の耐性化状況(本号7ページ)では、BLNAR(β-lactamase-nonproducing ampicillin resistance)が近年急速に増加し、2009年には60%を超え、その他のBLPACR II(β-lactamase-producing amoxicillin/clavulanic acid resistance)のような耐性型の菌も合わせると90%に達している。

Hibワクチン:海外では、Hibワクチンが1980年代より開発実用化されてきた。現在は、免疫効果を高めるために、莢膜多糖体とキャリア蛋白との結合型ワクチン(conjugate vaccine)が使用されており、さらに改良が進められている。2008年12月にわが国でも海外製のHibワクチン(現時点では一社の製品)が導入され任意接種が開始された。輸入Hibワクチンについては、国立感染症研究所が、生物学的製剤基準や検定基準に則り、多糖含量試験、エンドトキシン含量試験、異常毒性試験を「国家検定」として実施しており、合格したロットが、順次、医療機関に供給されている。これまでのところ、製造メーカーの生産設備の限界などにより、供給量が不足しているが、2011年までには必要量が供給されるよう努力が続けられている(本号9ページ)。

既にHibワクチンを小児に行うべき予防接種の一つとして導入している海外諸国では、Hib感染症の劇的な減少を見ているが、わが国ではまだその効果を判定する段階には至っていない。ワクチンの安全性については、Hibワクチン被接種者の健康状況と副反応調査(本号8ページ)によると、2009年4月1日〜2010年2月9日までに全国750カ所の医療機関において接種を受けた1,768例(0〜6カ月419例、7〜11カ月669例、1〜5歳676例、6歳以上2例、年齢不明2例)のうち、全身反応なしが1,269例(72%)、局所反応なしが1,184例(67%)であった。

まとめ:髄膜炎などのHib侵襲性感染症は5歳以下小児人口10万人当たり7.0〜12.8/年と(本号5ページ)、数多い疾患ではないが、治療に難渋することも多く、死を免れても後遺症で苦しむことが少なからず見られる。耐性菌の増加も治療を一層困難にしている。公費負担でHibワクチン接種を実施している自治体もあるが(本号11ページ)、まだ接種率は低いと考えられる(本号10ページ)。Hib侵襲性感染症はワクチンで予防可能な疾患であるので、多くの子供たちが容易に、安全にワクチン接種を受けられるよう、環境を整える必要がある。

また、予防接種の効果を適切に評価するためには、Hib感染症のサーベイランス強化が必須である。そして、より正しい治療薬選択のためにも、抗菌薬投与前に血液培養等の病原診断を行うことが重要である。

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