デングウイルスはネッタイシマカ(Aedes aegypti )やヒトスジシマカ(Aedes albopictus )の刺咬により人→蚊→人で感染環が成立する。デングウイルス感染により、デング熱とデング出血熱/ショック症候群という二つの異なる病態を示す(IASR 21:114, 2000参照)。デング熱は、発熱・発疹・痛み(関節痛)が3主徴である急性熱性疾患で、致死率は低い。これに対して、デング出血熱は、発熱・出血傾向・循環障害を示し、適切な治療を実施しないとショック死する危険性が高い。現在、日本国内にはデングウイルスは常在しないが、デングウイルスが常在する熱帯・亜熱帯地域でデングウイルスに感染し、帰国後あるいは来日後発症する輸入例が毎年相当数存在する(本号5ページ、6ページ参照)。
感染症法に基づく感染症発生動向調査では、デング熱は全数把握の4類感染症として診断後直ちに届け出ることが医師に義務付けられている。また、2007年6月に施行された感染症法改正で、デングウイルスは病原体に関する規制の分類で4種病原体に位置づけられている(IASR 28: 185-188, 2007参照)。
感染症発生動向調査:1999年4月の感染症法施行後に届けられたデング熱患者は375例で、全例輸入例であった。2004年以降では、2004年49例から2005年74例と増加し、2006年58例、2007年前半(7月17日まで)33例、計214例が報告されている(表1)(1999〜2003年の状況はIASR 25: 26-27, 2004参照)。報告数の増減は、後述の世界的な流行、特にアジアでの流行を反映していると思われる。なお、デング熱は潜伏期が3〜7日と短いため、渡航先滞在中に感染・発症し、現地で治療され治癒している症例は、届出の対象ではないので、実態は不明である。
季節性:月別患者発生状況は、渡航先の流行状況および日本からの海外旅行者数の多い時期、の二つの要因の影響が考えられる。例年旅行者の多い8〜9月に患者の増加が認められ、2004、2005年は特に顕著であった(図1)。
推定感染地:2004〜2007年に診断された患者の渡航先は26カ国であった(表2)。東南アジアを中心としたアジア諸国が9割を占め、圧倒的に多く、特に2005〜2007年にインドネシア、フィリピン、インドへ渡航して感染した例が目立った。ただし、オセアニア、中南米、アフリカで感染したと推定される者もみられる。2004年にミクロネシアで感染した9例中6例は同一団体旅行者であった。
性別と年齢:患者は男136、女78と男性が多い(図2)。患者の年齢は20代(37%)を中心に、30代(25%)、40代(16%)を合わせて78%を占めていた(図2)。デングウイルス媒介蚊のネッタイシマカは都市部に生息する蚊であり、ヒトスジシマカは都市部と郊外の両方に生息することから、流行地の都市部では観光客だけでなくビジネスを目的とする渡航者も感染することが多いと考えられる。
重症例:輸入デングウイルス感染症の増加に伴い、以前は極めて稀であったデング出血熱が2001年以降毎年1〜4例報告されている(表1)。デング出血熱の報告基準は、(1)発熱、(2)血管透過性亢進による血漿漏出症状、(3)血小板減少、(4)出血傾向の4つの基準をすべて満たした場合である(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-19.html参照)。このうち、2005年9月にスリランカから帰国後死亡したデング出血熱症例1例が報告されている(IASR 27: 14-15, 2006参照)。この他、2006年12月にベトナムで感染し現地で死亡した1例が報告されている。
実験室診断:感染症法施行後、デングウイルス感染の病原診断は各地方衛生研究所、国立感染症研究所(感染研)、検疫所において実施可能となっている(表3)。感染研ウイルス第一部においては他のフラビウイルス属感染との鑑別診断も行っているため、毎年多くの検体を受け入れている。また、2003年11月に改正された検疫法ではデング熱が検疫感染症に加えられ、検疫所では流行地域から入国するデング熱が疑われる者に対して診察、病原体検査および抗体検査を行っている(本号3ページ参照)。
世界の状況:シンガポールでは2004〜2005年に1型ウイルスによる大きな流行があり、2007年には2型ウイルスによる流行が始まっている。インドネシアにおいても2007年は大きな流行が発生しており、4月9日にはジャカルタ特別州で非常事態宣言が出された。また、ベトナムでも2007年6月16日現在の患者数、死亡数は前年同期のそれぞれ25%、40%増となっており、タイ、カンボジア、ミャンマーでも患者数、死亡数が増加している。台湾では2002年の大流行後、媒介蚊の駆除対策が実施されているが、2006年に再び増加した(本号3ページ参照)。また、2005年からインド洋諸島、インドおよびスリランカで、デング熱との重要な鑑別疾患であるチクングニヤ熱が大流行しており、2006年12月には日本人の輸入例2例が報告されている。
わが国での対策:日本国内にはデングウイルス、チクングニヤウイルスの媒介蚊であるヒトスジシマカが生息している。その分布北限は青森県に近づいており、さらに北上しつつある(本号7ページ参照)。また航空機や船舶によりネッタイシマカが侵入する可能性もある。1942〜1945年にかけて西日本でヒトスジシマカを媒介蚊としたデング熱の流行があったように、現在でも、日本にデングウイルスが侵入した場合、流行する環境的条件は十分整っている。
医師は、世界のデング熱流行の情報に注意して渡航歴の問診を行い、患者を早期診断すること、ウイルス血症期にある発熱中の患者が蚊に刺されないようにすること、ウイルスが存在する可能性のある患者血液について、輸血、針刺し等による院内感染防止のための基本的な注意をすることが必要である。
厚生労働省では毎年夏季にポスターを掲示するなど渡航者への注意喚起を行っている。また、感染研ホームページでは随時最新情報を提供している(http://www.nih.go.jp/vir1/NVL/dengue.htm)。2007年は7月17日現在、既に例年の1〜7月を上回る患者数が報告されており、渡航者は海外での流行情報に注意し、蚊に刺されないよう一層の注意が必要である。