ノロウイルス(Norovirus、以下NoV)はRNAウイルスで、大きくgenogroup(G)I〜Vに分けられ、GIとGIIが主にヒトに感染する。少なくともGIは15、GIIは19の遺伝子型が存在する。NoVは糞便および吐物中に大量に排出され、症状消失後も長期に糞便中への排出が続く(本号8ページ)。NoVで汚染された食品の摂取により食中毒が起こり、手指等を介して人→人感染が起こる。
1.感染症発生動向調査における感染性胃腸炎発生状況:約3,000の小児科定点から報告される感染性胃腸炎の患者数は年末に急増する(http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/weeklygraph/04gastro.html)。2006/07シーズン(2006年9月/第36週〜2007年8月/第35週)は例年より約4週早く流行が立ち上がり、流行のピークも第50週に定点当たり22.81人と1981年の調査開始以来最高であった。2009/10シーズンは流行の立ち上がりが遅く、年が明けてから第4週にピーク(定点当り14.32人)となった(図1)。
2.最近流行したNoVについて:地方衛生研究所(地研)から国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)へ個々の検出例についての病原体個票が報告されている(IASR 31: 75-76, 2010)。感染性胃腸炎患者の流行ピークにNoV検出例数が増加している(図1)。2006/07〜2009/10シーズンに検出されたNoVの大部分はGIIであるが、GIも報告されている(http://idsc.nih.go.jp/iasr/prompt/graph/srsvj.gif)。
2006年からはシークエンスによるNoVの遺伝子型別結果も報告されている。0〜15歳の感染性胃腸炎患者から検出されたNoVの遺伝子型をシーズン別にみると(表1)、2006/07シーズンは遺伝子型別されたNoVの85%をGII/4が占めた。GII/4はその後も最も多く、次いでGII/2、GII/3、GII/6が多かった。特にGII/2は2009/10シーズンに急増し、その割合は36%とGII/4(42%)に迫っている。GII/2検出例はGII/4検出例に比べて3〜19歳の割合が大きい(図2)。インフルエンザウイルスAH3亜型変異株流行時においても、同様の患者年齢分布が観察されている(IASR 20: 289-290, 1999)。
2008/09シーズンにNoV GII/4の新しい亜株である2008aが検出されており、遺伝子変異によるアミノ酸残基の変異に対して迅速診断法の感度・特異性を向上させるため、イムノクロマト法の改良が進行中である(本号5ページ)。
海外(欧米、オーストラリア)においても日本と同様にGIIがNoVの大部分を占めるが、2009/10シーズンにはGII/12の流行拡大の兆候が認められた(2010年10月第4回国際カリシ学会)。いずれにせよ、国内外ともGII/4の流行は減少傾向を示しており、世界的規模で主流行遺伝子型の変化が起きる可能性がある。
3.集団発生事例からのNoV検出報告:地研からは「集団発生病原体票」も報告されている(IASR 31: 75-76, 2010)。これには、食品媒介による感染が疑われる「食中毒」や「有症苦情」、人→人感染や感染経路不明の胃腸炎集団発生などの事例ごとの情報が含まれている。2006/07シーズンは11月にNoV集団感染事例の報告が急増し、ピークとなった(図3)。2007/08、2008/09シーズンは12月の報告が最も多かったが、2009/10シーズンは1月が最も多かった。
2007/08〜2009/10シーズンに、患者や調理従事者などからNoVが検出された事例は563〜849事例で、2006/07シーズンに比べ4〜6割減であった(表2)。2006/07シーズンには、遺伝子型別が実施された事例中90%をGII/4が占めていたが、2009/10シーズンには41%に減少し、2008/09シーズンには3%であったGII/2が35%に急増している(本号9ページ)。
感染経路:NoVが検出された事例の推定感染経路別の内訳は、2006/07シーズンには人→人感染が疑われているものが 861事例と多数を占めたが、2007/08シーズンに大きく減少した。食品媒介が疑われているものも2006/07シーズン262事例から2008/09、2009/10シーズンには半減している(表2)。
推定感染場所:2006/07シーズンには老人ホーム(介護施設を含む)、病院、福祉養護施設での集団発生が多かったが、これらはシーズンごとに減少している。2009/10シーズンは保育所での事例が増加しており、その感染経路はほとんどが人→人感染が疑われている(表2)。
4.食中毒統計:厚生労働省がまとめている食中毒統計において2006/07シーズンのNoV食中毒事例は過去最高の 513事件(患者数30,852人)であったが、2007/08〜2009/10シーズンは365事件(同15,835人)、274事件(同10,885人)、301事件(同9,187人)で推移している。2006/07シーズンには、患者数1,734人の事例も発生しているが、2006/07〜2009/10シーズンの食中毒事件ごとの患者数を階級別にみると(図4)、17〜32人(385件)が最も多く、次いで、33〜64人(331件)、9〜16人(295件)となっている。また、原因施設をみると飲食店(915件)が最も多く、次いで、旅館(194件)、仕出屋(147件)であり、原因食品(推定を含む)では複合調理食品(163件)が最も多く、次いで魚介類(貝類)(103件)となっている。
5.NoV感染対策と今後の課題:NoVによる食中毒および感染症の発生を防止するためには、感染性胃腸炎の患者発生動向、NoV検出情報に注意し、常日頃から健康観察、手洗いなどを励行することが重要である。また、非流行期にも事例は発生しており、通年的なNoVに対する衛生管理が重要である(本号10ページ)。
厚生労働省は2007年10月12日に、「ノロウイルスによる食中毒対策について」を公表しており(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/s1012-5.html)、調理従事者による食品の二次汚染による食中毒を防ぐためには、食品取り扱い施設での基本的な衛生管理および無症状の調理従事者の陰性確認の徹底が望まれる(本号8ページ)。
食中毒の原因を早期に究明し拡大を防止するためには、食品からのウイルス検出法の確立および標準化が必要である(本号4ページ)。また、広域食中毒事例を迅速に探知するために、検出されたNoVの塩基配列データの共有化が進められている(本号4ページ)。NoVに比べて数は少ないがサポウイルス(Sapovirus、以下SaV)による大規模食中毒も報告されているので(本号11ページ、12ページ&13ページ)、食中毒菌、NoVと並行してSaVの検査も必要と考えられる。
また、不適切な吐物の処理のために多数の人がNoVに曝露したと考えられる集団感染も報告されており(IASR 28: 84, 2007 & 29: 196, 2008)、糞便のみならず吐物の処理にも特に注意が必要である。吐物処理後の掃除機内ダスト中には長期間NoVが存在する可能性が示唆されており(本号6ページ)、ダストの取り扱いに対する注意喚起も必要と考えられる。