ノロウイルス(Norovirus、以下NoV)は冬季を中心に多発する散発性感染性胃腸炎、胃腸炎集団発生および食中毒の主要な原因ウイルスである(IASR 31: 312-314, 2010)。NoVは患者の糞便および嘔吐物に大量に含まれ、手指や環境などを介して人→人感染を起こす。NoVで汚染された食品の摂取により食中毒が起こる。本特集では、厚生労働省(厚労省)がとりまとめている食中毒統計(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html)を中心に近年のNoV食中毒の疫学的特徴をまとめた。
1.食中毒統計に基づくNoV食中毒の発生動向
NoV食中毒の発生割合:NoVを病因物質とする食中毒事件数は2004年以降、カンピロバクター(IASR 31: 1-3, 2010)と首位を争っている。患者数では2001年以降毎年NoV食中毒が最も多く、全食中毒患者の約半数を占めている。病因物質名がNoV、サポウイルス(Sapovirus、以下SaV)などを含む総称である「小型球形ウイルス」から単独のNoVに変更された(IASR 24: 309-310, 2003)2003年8月以降についてみると、ウイルス性食中毒事件の99%はNoVによる。
シーズン別発生動向:2002/03〜2010/11シーズン(各シーズンは9月〜翌年8月)のNoV食中毒事件数と患者数をみると(表1)、2006/07シーズンにはNoVの遺伝子型(本号14ページ)のひとつであるGII/4が大流行し(IASR 28: 277-278, 2007)、事件数(513件)、患者数(30,852人)および1事件当たり患者数(60人)とも最高を記録した。2010/11シーズンは事件数(242件)、患者数(6,490人)、1事件当たり患者数(27人)ともに最低であった(2011年11月1日現在速報値)。
原因施設:原因施設別では、事件数の約64%を飲食店が占め、以下、旅館13%、仕出屋8%、事業場5%と続いている。一方、患者数でみると、飲食店は44%にとどまり、仕出屋20%、旅館19%である(表1)。1事件当たり患者数は製造所(パン、餅、菓子などの製造)が最も多く120人、以下、仕出屋(100人)、学校(76人)、旅館(62人)などである。
原因食品:NoVの食品汚染経路は、患者便などに由来するNoV粒子が下水を介し海域に達しカキ等の二枚貝に蓄積される場合と、NoVに感染した調理従事者などの手指を介して直接的に、あるいは調理器具、調理環境などを介して間接的に食品が二次汚染を受ける場合に大別される。まれに、NoVに汚染された井戸などの水の摂取により発生する場合もある。
表2にNoV食中毒の原因と推定された主な食品別に事件数をまとめた。カキ関連事件は2005/06〜2008/09シーズンは20件前後であったが、2009/10〜2010/11シーズンには増加した。2010/11シーズンは、岩カキ関連事件が6月を中心に5〜8月に7件と多発し(本号3ページ、8ページ&9ページ)、カキフライが関連した事件も5件が報告されている。カキ以外の貝類では、シジミ、アサリ、ハマグリ、ホタテなどが関連した事件が9シーズンで計23件発生し、シジミの醤油漬け・酒漬けが関連する事件が12件あった。一方、仕出し弁当、仕出し料理、弁当などが原因食品とされる事件が2006/07シーズンに118件と急増した。カキに関連しない宴会料理、会席料理、コース料理、仕出し、弁当、給食、寿司などによる事件の多くはNoVに感染した調理従事者から食品が二次汚染を受けたと推定される。井戸水、地下水などの水が関連する事件は4件報告されている。月別の事件数をみると、カキ関連事件は1月、その他の事件は12月に発生のピークがある。
大規模NoV食中毒事件:2002/03〜2010/11シーズンに報告された患者数500人以上の大規模なNoV食中毒事件は12件で、うち5件は2006/07シーズンに集中した。原因食品は(仕出し)弁当が6件、原因施設は仕出屋が7件で、半数以上を占めた(表3)。
2.食品からのウイルス検出
食品からのウイルス検出状況:地方衛生研究所から国立感染症研究所に報告されている「集団発生病原体票」に基づくと、2002/03〜2010/11シーズンに発生した食中毒を主とするNoV食品媒介感染事例(疑い例を含む)1,341件のうち、食品からNoVが検出された事例は67件(5%)にすぎなかった。NoVが検出された食品はカキを主とする二枚貝が36件と約半数を占め、以下、二枚貝以外の食品22件、水2件(IASR 26:150-151, 2005 & 26:330-331, 2005)、不明・無記載7件であった。
食品の検査法:食品からのウイルス検出は食中毒原因食品の特定、食品の汚染リスクの評価など、ウイルス性食中毒の予防対策上重要であることから、近年、種々の食品検査法が開発されつつある(本号4ページ&6ページ)。その検査法を用いて食品からのウイルス検出に成功した事件も報告されている(本号13ページ)。また、調理従事者からの食品汚染が起こる場合は食品表面が汚染されるケースが多いと推定され、その場合はA型肝炎ウイルスの検出法(平成21年12月1日食安監発1201第1号)に記載されているセミドライトマトの検査法が適応できる場合がある(IASR 31: 320-321, 2010)。
一般にウイルス性食中毒が疑われる事件ではNoVが主たる検査対象であるが、二枚貝関連事件などでは多様なウイルスが検出されていることから(本号9ページ、10ページ&12ページ)、SaVなど他の胃腸炎ウイルスの検査も同時に実施することが望まれる。また、食品の汚染経路の解明には調理施設環境等のふきとり検体からのウイルス検出(本号7ページ)が有用である。原材料汚染による広域的な食中毒の探知にはウイルス遺伝子の塩基配列情報や疫学情報の共有等による自治体間の連携が重要である(本号3ページ&12ページ)。
3.予防法
NoV食中毒の予防法は以下のとおりである。
(1)二枚貝等のNoV汚染のリスクがある食品は、中心温度85℃以上で1分間以上加熱するとともに、他の食品への交差汚染の防止対策を講じる。
(2)手洗い等の基本的な衛生管理を徹底し、加熱を伴わない食品および調理済み食品は使い捨て手袋を着用し、素手で取り扱うことは控える。
(3)食品や調理施設等の汚染の防止のために嘔吐物は速やかにかつ適切に処理する(処理方法は下記「ノロウイルスに関するQ&A」を参照)。
(4)不顕性感染の可能性を念頭に置き、日頃から定期健康診断等により調理従事者の健康管理に努める。
(5)感染性胃腸炎の発生動向、NoV検出状況に注意を払う。2011年12月2日付け厚労省事務連絡「感染性胃腸炎の流行に伴うノロウイルスの予防啓発について」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20111201-01.pdf)、「ノロウイルスに関するQ&A」(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html)、NoV検出速報(http://idsc.nih.go.jp/iasr/noro.html)、NoV食中毒事件速報(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html)を参照されたい。