腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は、1999年4月に施行された感染症法に基づく3類感染症として、菌の分離・同定とVero毒素(VT)の確認により診断した医師の全数届出が義務付けられている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html)。さらに、医師から食中毒として保健所に届出があった場合や、保健所長が食中毒と認めた場合には「食品衛生法」に基づき、各都道府県等において調査および国への報告が行われる。一方、地方衛生研究所(地研)がEHECの検出、血清型別、毒素型別を行い、国立感染症研究所細菌第一部では分離菌株について詳細な分子疫学的解析を行ってパルスネットで情報提供している(本号4ページ)。
発生動向調査:2009年にはEHEC感染症患者2,601例、無症状病原体保有者1,277例、計3,878例のEHEC感染者が報告された(表1)。2009年の週別報告数は、例年同様、夏季に流行のピークがみられた(図1)。人口10万対都道府県別報告数は佐賀(22.06)が最も多く、大分(9.20)、石川(8.06)がそれに続き、例年同様かなりの地域差がみられた(図2左、IASR 30: 119-120, 2009)。2005〜2008年に発生の多かった地域は2009年も多い傾向が見られた。2009年のEHEC感染者は例年同様0〜4歳がもっとも多く、5〜9歳がこれに次いだ(図3)。0〜4歳について人口10万対報告数を都道府県別にみると、保育所での集団発生があった佐賀県、大分県(本号11ページ)が多かった(図2右)。患者調査は有症者の周囲の者を対象に行うが、有症者の割合は男女とも若年層と高齢者で高く、30代、40代、50代では無症状者の方が多かった(図3)。この傾向は例年同様であった。また、溶血性尿毒症症候群(HUS)症例は83例あり、有症者のうち3.2%であった。うち、菌が分離された55例の血清群・毒素型をみると、O157が91%を占め、VT2を含む株(VT2単独およびVT1&2)が95%を占めた(本号19ページ)。死亡例が3例(いずれも80代でHUSではない)報告された。
EHEC検出報告:2009年に地研から国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)に報告されたEHEC検出数は2,168であった。EHEC感染者報告数(表1)と開きがあるが、これは、現行システムでは地研以外で検出された菌株の検出報告が一部しか届かないことによる。O血清群では、これまでO157、O26、O111の順に検出数が多かったが、2009年にはO157(全検出数の64%)、O26(同23%)、O121(同 3.2%)の順となり、O111(同 2.6%)は第4位の検出数となった(本号3ページ)。2005年から分離頻度の高い7つの血清群が市販抗血清に追加されているが(本号17ページ)、その他にも多様な血清型が検出されており(http://idsc.nih.go.jp/iasr/virus/bacteria-j.html)、EHECの同定にはVTの確認が重要である。分離菌株が産生しているVT(または保有している毒素遺伝子)の型をみると、2009年も例年同様O157ではVT1&2 が64%を占めた(1997〜2008年は53〜68%)。O26ではVT1単独が89%で、O111ではVT1単独が80%であった。O157が検出された1,396例中、不詳を除く1,327例の主な症状は下痢58%、腹痛56%、血便42%、発熱20%であった(本号3ページ)。
集団発生とその予防:2009年に地研からIDSCに報告されたEHEC感染症集団発生は21事例あり、うち10事例がO157によるものであった。菌陽性者10人以上の14事例では(表2)、伝播経路が食品媒介と推定された事例は5件あり、人→人感染と推定された事例が7件であった。なお、「食品衛生法」に基づいて都道府県等から報告された2009年のEHEC食中毒は26事例、患者数181名であった(2008年は17事例115名)。
2009年には、全国展開している二つの異なるステーキチェーン店(本号5ページ、6ページ&7ページ)と首都圏で展開している焼肉チェーン店(本号8ページ)関連の3件の広域集団事例が発生した(表2)。その一部は、複数の都府県からの散発事例として探知され、分離株のPFGE解析で初めて集団事例であることが証明された(本号4ページ)。このように散発事例から広域集団発生事例を迅速に探知してその拡大を阻止するためには、疫学情報と分離株の解析結果を地研・地方自治体等の関係機関がリアルタイムに共有する必要がある。厚生労働省は2010(平成22)年4月16日に「EHECO157による広域散発食中毒対策について」の通知を出して注意を喚起している(本号9ページ)。
EHEC感染症は、少数の菌で汚染された食品が感染の原因となるため、食中毒予防の基本を守る必要がある。また、EHEC、カンピロバクターやE型肝炎ウイルスなどへの感染の危険性も考慮し(IASR 31: 1-3, 2010)、若齢者、高齢者ほか、抵抗力が弱い者には、生肉または加熱不十分な食肉等を食べさせないことが重要である(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/index.html)。
EHECは赤痢同様、微量の菌により感染が成立するため、人→人感染で感染が拡大しやすい。2009年も依然として保育所での集団発生が多く9件あった(表2)。保育所等での集団感染予防には、普段からの園児・職員の手洗いの励行、夏季の簡易プール使用における衛生管理に注意を払うことが重要である。さらに、家族内感染が多いので、患者が発生した場合には、家族に対して二次感染予防の指導を徹底する必要がある。
2010年速報:本年第1〜19週までのEHEC感染者届出数は398人である(表1)。夏季にはEHEC感染症の増加が予想されるので、今後一層の注意喚起が必要である。