ロタウイルス胃腸炎の主な症状は嘔吐と下痢で、通常予後は良いが、ノロウイルスに比べると重症度が高い(IASR 26: 11-13, 2005)。頻度の高い合併症として痙攣があり、重積型は予後が悪い(本号7ページ)。稀に急性脳炎・脳症がみられる。発展途上国ではロタウイルスは小児死亡原因の主要病原体である。
感染性胃腸炎患者発生状況:感染症法に基づく感染症発生動向調査において、全国約3,000の小児科定点から報告される5類感染症の「感染性胃腸炎」にはロタウイルス胃腸炎の他、多種の病原体による胃腸炎が含まれている。地方衛生研究所(地研)は、病原体定点(小児科定点の約10%)の胃腸炎患者から採取された便材料および集団発生例の調査などで採取された検体の病原体検査を行っている。
感染性胃腸炎患者報告数は毎年11〜12月にかけて急増し、1〜2月をピークに3〜5月以降減少している(http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/weeklygraph/04gastro.html参照)。近年の「感染性胃腸炎」流行の特徴として、前半にはノロウイルス、後半にはロタウイルスが主に検出されている(IASR 31: 312-314, 2010およびhttp://idsc.nih.go.jp/iasr/prompt/graph-kj.html参照)。2005〜2010年に「感染性胃腸炎」と診断された散発患者の年齢別に、検出された病原体の割合をみると、ロタウイルスは低年齢での割合が大きかった(図1)。
地研におけるロタウイルス検出状況:ロタウイルスはレオウイルス科に属するRNAウイルスで、A〜G群に分類され、ヒトからはA〜C群が検出される(本号3ページ)。2005〜2010年の6年間に、59地研がA群を、17地研がC群を報告した。近年のロタウイルス検出報告数は600〜800例/シーズンで推移している(表1)。ほとんどをA群が占め、2〜3%がC群で、B群の報告は日本ではまだない。C群は2005/06、2008/09シーズンに増加した。A群の検出のピークは3〜4月であった(図2)。
A群ロタウイルス遺伝子型別:A群ロタウイルスは外殻蛋白VP7 のG遺伝子型1〜15型(このうち、1〜6、8〜12型がヒトから検出されている)とVP4遺伝子のP遺伝子型1〜26型(このうち、3〜6、8〜11、14、19、25型がヒトから検出されている)が存在する。ともに血清型に対応する抗原性の違いを概ね反映していると考えられている(本号4ページ)。
一部の地研ではG遺伝子型別とP遺伝子型別を行っている(現在の報告システムでは、G型別についてのみ入力可能)。2005〜2010年には25地研から1,053件のG型別の報告があった。地研で検出されたA群ロタウイルス全体の25%程度しか型別されていないが、2005/06〜2006/07シーズンにはG1、2007/08シーズンにはG9、2008/09〜2009/10シーズンにはG3型が最も多かった(表1)。G型別報告数が100件を上回っていた岡山県(464件、本号11ページ)、愛知県(177件、本号12ページ)、新潟県(167件、本号13ページ)についてみると、各県ごとに優勢なG型が異なった変動をしていたが、2007/08シーズンにはこれらどの県でもG9型が多く、全国でG9型が流行していたことが示唆された。G8型が初めて2006年に報告されている(渡航歴のない散発患者からの検出)。
ロタウイルス検出例の年齢(図3):2005〜2010年にA群が検出された4,072例(年齢不詳を除く)中、1歳38%、0歳20%、2歳16%の順に多く、0〜2歳が4分の3を占めた。0歳児では月齢6カ月以上が多い。この傾向はG1、G3、G9型検出例に分けてみても同様であった。一方、C群が検出された115例では、5〜9歳が57%、10〜14歳が20%を占めていた。
ロタウイルス脳炎・脳症:2005〜2010年に脳炎・脳症患者14例の便からA群が検出された(G3型4例、G1型3例、G2型1例、未型別6例)。このうち、脳炎患者2例(IASR 27: 279-280, 2006 & 31: 214, 2010)の髄液からもPCRで検出されている。なお、この他に髄膜炎患者2例の髄液からPCRでA群が検出された。
集団発生:ロタウイルス胃腸炎は0〜2歳児を中心に流行がみられるが、保育所、幼稚園、小学校などの小児や、病院、老人ホーム、福祉施設などの成人でも集団発生がみられる(IASR 26: 100-101, 2005 & 26: 339, 2005 & 26: 340, 2005 & 27: 153-154, 2006 & 27: 154-155, 2006 & 27: 155, 2006 & 29: 132-134, 2008 & 30: 185-186, 2009および本号14ページ&15ページ)。2005〜2010年に報告されたロタウイルス感染の集団発生はA群62事例(G1型9事例、G3型4事例、G2型3事例、G9型1事例、未型別45事例)、C群31事例であった。それらのほとんどは、伝播経路として人−人感染が推定される事例であり、食中毒事例はA群による2事例のみであった(IASR 27: 156, 2006)。このうち、患者数50人以上の7事例はC群によるもので、いずれも小学校での集団発生であった(2006年2〜5月4事例、2007年5月、2008年3月、2009年3月各1事例、IASR 27: 121-122, 2006 & 30: 134-135, 2009)。
予防と対策:ロタウイルス感染下痢患者は便1g当たり1010個と多量のウイルスを排泄し、これが次の感染源となる。従って、オムツの適切な処理、手洗いの徹底、汚染された衣類等の次亜塩素酸消毒などによる処置が感染拡大防止の基本となる。
海外ではG1P[8]単価とG1〜G4とP[8]の5価の2つの経口弱毒生ワクチンが認可され(本号6ページ)、現在100カ国以上で使用されている。米国などの先進国においても重症例減少を目的に定期接種化されている。
今後の問題点:わが国では1986年頃から医療機関でのA群ロタウイルス抗原検出簡易キットでの迅速検査が実施可能となった。そのため、一部の病原体定点からはロタウイルス陰性の検体が選択的に地研に送られている可能性があり、実態調査が必要である。
今後、わが国でロタウイルスワクチンが導入されることとなった場合、ワクチンの効果を評価するため、ワクチン導入前後のロタウイルス感染症の発生動向の変化を把握する必要がある(本号8ページ&9ページ)。そのためには、感染性胃腸炎患者から採取された検体について、C群を含むロタウイルスの検出、A群の型別、さらに詳細な遺伝子解析を実施することが望まれる。現在、ロタウイルスのゲノム塩基配列を解析しているのは、国立感染症研究所とごく少数の地研・大学等であり、今後のロタウイルスサーベイランス体制について検討が必要である。