WHO汎アメリカ地域では、2002年に「排除」が達成され、今なおその状態を保っている。日本を含むWHO西太平洋地域では2012年を麻疹排除の目標年としているが(Measles Bulletin, Issue 13, Sept 2007, WHO, WPRO)、人口の90%を占める地域ではまだ流行が続いている。ヨーロッパ地域、東地中海地域では2010年が麻疹排除の目標年であったが、各地でアウトブレイクが発生しており(本号19-20ページ、20ページ、20-21ページ、21ページ)、目標年が再検討されている。
日本における定期予防接種としての麻疹ワクチン接種は、従来生後12〜90カ月に1回であったが、2006年度に第1期を1歳児、第2期を小学校就学前1年間と変更して麻しん風しん混合ワクチンによる2回接種を開始した(IASR 27: 85-86, 2006)。さらに2012年までに麻疹排除を達成するため、2008〜2012年度の5年間に限り、予防接種法に基づく定期接種に第3期(中学1年相当年齢の者)と第4期(高校3年相当年齢の者)の2回目接種を追加した(IASR 29: 189-190, 2008)。また、感染症法に基づく麻疹患者サーベイランスを、2008年1月から全数報告に変更した(IASR 29: 179-181, 2008 & 29: 189-190, 2008)。従来の定点報告は臨床診断による届出であったが、1回ワクチン接種者などで典型的な症状を示さない修飾麻疹がみられることから、修飾麻疹についても検査診断による届出が求められている(http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/guideline/doctor_ver2.pdf)。
感染症発生動向調査:2010年(第1〜52週)に届出された麻疹患者は457(人口100万対3.58)(2011年1月7日現在報告数)で、2008年11,015、2009年739からさらに減少した(図1)。2010年の457のうち、検査診断例は329(修飾麻疹168を含む)、臨床診断例128であった。
2010年の都道府県別報告数(図2)は、40都道府県で2009年より減少した。神奈川77、東京76、千葉43、愛知32、大阪31、埼玉29、福岡25が20を超え、神奈川、東京、千葉、埼玉の首都圏4都県で全体の約半数を占めた。秋田、富山、石川、島根、徳島、香川、高知、大分、沖縄の9県は患者報告0で(秋田、高知は2年連続)、この9県と熊本、山口、滋賀、新潟、宮崎、北海道の計15道県が麻疹排除の指標である人口100万対1を下回った。
患者は男232、女225とほぼ同数。年齢分布は(図3)で、1歳が104(2009年136)と最も多く、0歳30(同74)、2歳22(同43)、3歳20(同20)の順で、0歳と2歳は2009年に比べ約半減した。ワクチン接種歴は、未接種119、1回接種200、2回接種29、不明119であった。0歳児は全員未接種、1歳児は未接種36、1回接種68、2〜5歳児は未接種5、1回接種51であった。
施設別集団発生状況:2010年1〜12月(夏休み期間中を除く)に麻疹による休校、学年閉鎖、学級閉鎖の報告はなかったが、11〜12月に愛知県の小学校で、フィリピンからの輸入例を発端とする集団発生があった(本号15ページ)。
麻疹ウイルス分離・検出状況:麻疹ウイルスの遺伝子型別は輸入例の鑑別に有用である。日本では(表1)、2006〜2008年にD5型が国内例から多数検出されたが、2009年3件、2010年1件に減少した。一方、輸入例が増加しており、2010年にはD9型が14件(フィリピンからの輸入例4、その接触者・集団発生例10)(本号15ページおよびIASR 31: 271-272, 2010 & 31: 327-328, 2010)、H1型2件(中国からの輸入例、IASR 31: 203, 2010)、D4型1件(インドからの輸入例、本号14ページ)、D8型1件(インドからの輸入例、IASR 31: 328-329, 2010)が報告された。また、A型(ワクチンタイプ)が、ワクチン接種後の麻疹疑い患者や発疹症患者などから2010年には6件PCRで検出された(2011年2月3日現在報告数)。
ワクチン接種率(本号9ページ):2009年度最終(3月末)の麻疹ワクチン(M、MR、MMR)の全国接種率(第1期は2009年10月1日現在の1歳児の数、第2〜4期は各期の接種対象者を母数とする)は第1、2、3、4期それぞれ94%、92%、86%、77%と、2008年度とほぼ同じで、どの期も麻疹排除の指標である95%には至らなかった。都道府県別では、第1〜4期すべてにおいて90%以上であったのは、山形、岩手、福井の3県のみであった(山形、福井は2年連続)。神奈川、大阪は第3期と第4期の接種率がともに低く、東京、千葉、埼玉では第4期の接種率が低かった。
感染症流行予測調査(本号6ページ):ゼラチン粒子凝集(PA)法で調査が実施されており、抗体陽性は1:16以上である。麻疹排除には抗体保有率95%以上が必要とされる。2010年度の1歳児では麻疹PA抗体価1:16以上の保有率は67%と十分とはいえないが、2歳児では第1期接種を反映して96%と高かった。0、1歳を除くと第2期、第3期の接種年齢に達していない3歳と10〜12歳が95%に達していなかった。
麻疹の発症防御には少なくとも1:128以上が必要とされるが、0〜1歳、10〜12歳、15〜17歳は1:128未満の者が16%を超えていた。
ワクチン接種率向上への取り組み:2009年以降、患者は激減したが、麻疹排除を達成するには、国を挙げての麻疹接種率向上の努力がさらに必要である。秋田では、2010年から4月を「秋田県麻しん排除推進月間」とし、「次に接種するワクチン」を携帯電話とインターネットで検索可能とする(本号16ページ)などの取り組みをしている。なお、2010年度の第2、3、4期接種対象者は2011年3月31日を過ぎると、公費負担対象外となり、自己負担での接種となる。3月の子ども予防接種週間(3月1日火曜〜3月7日月曜)には、土曜・日曜・夜間に接種を実施する地域医師会があるので、これらの機会を利用し、年度内に接種を受けることが勧められる。また、麻疹流行地への渡航の前に接種完了することが必要であり、麻疹排除国への渡航では接種証明が求められる可能性がある。
麻疹検査診断の重要性:予防接種が普及するにつれて、臨床症状のみで診断困難な既接種者の修飾麻疹の割合が増加している。WHOの麻疹排除の評価基準においても、患者の検査診断と疫学リンクの確認が必須である(本号3ページ&4ページ)。しかし、2010年の届出患者の3割は臨床診断であった。
また、検査診断例のほとんどはIgM抗体検査であったが、IgM抗体検査の弱陽性例には伝染性紅斑や突発性発疹などの患者が含まれており(IASR 31: 265-271, 2010, ミニ特集)、麻疹ウイルスを直接検出するPCRやウイルス分離による検査診断が必要である。地方衛生研究所(地研)と国立感染症研究所(感染研)は、PCRと抗体検査による検査診断体制を整備し(本号11ページ)、2010年1〜8月に麻疹疑い患者461例が検査されたが、陽性は10例と少なかった(本号12ページ)。適切な時期に検体が採取され、迅速に地研に搬入されなければ、陰性でも麻疹を否定できないなどの問題が残されており(本号11ページ)、2010年11月11日に厚生労働省結核感染症課は「麻しんの検査診断について」の課長通知を発出した(本号14ページ)。
今後の対策:2010年のウイルス検出例はほとんどが輸入例関連であり、2011年に入っても海外由来のD9型(フィリピン、シンガポール・スリランカ)、D4型(英国)の検出報告が相次ぎ、輸入例を発端とする集団発生も起こっている(http://idsc.nih.go.jp/iasr/measles.html)。
今後は、予防接種率を高めるとともに、医療機関、保健所と地研・感染研の連携を強化し、麻疹疑い患者全例について確実に検査診断を含む積極的疫学調査を行い、「1例出たらすぐ対応」を徹底して感染拡大を防止する必要がある。