細菌性赤痢はアジアで年間9,100万人が感染し、栄養状態の悪い小児を中心に41万人が死亡していると推定されている(WHO, WER 80: 94-99, 2005およびIASR 26: 182-183, 2005参照)。赤痢菌属(Shigella spp.)はS. dysenteriae 、S. flexneri 、S. boydii 、S. sonnei の4血清群に分類される。S. dysenteriae のtype 1(Sd1)は腸管出血性大腸菌と同様の神経毒性、細胞障害毒性が報告されている志賀毒素を有するので病原性が高い。赤痢菌は実験的には数十〜数百といった少ない菌量で感染することが報告されている(Morris, 1986)。
感染症法に基いて細菌性赤痢の患者、疑似症患者および無症状病原体保有者を診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が必要である。また、ペット用サルから人が感染した事例(IASR 15: 3-4, 1994参照)もみられることから、2004年10月より赤痢菌に感染しているサルを診断した獣医師も直ちに最寄りの保健所への届出が必要となった。サルの感染事例はこれまでに2005年37例、2006年6例(2月21日現在)が報告されている。
また、1999年に食品衛生法施行規則が改正され、病因物質の種別に赤痢菌が追加された。汚染食品の喫食が赤痢の原因として疑われ、医師から食中毒の届出があった場合や保健所長が食中毒と認めた場合には、各都道府県において保健所による調査および国への報告が行われている。赤痢菌による食中毒事例は2000年に1件(患者103人)、2001年に3件(同19人)、2002年に2件(同36人)(IASR 24: 187-188, 2003参照)、2003年に1件(同10人)(IASR 25: 153-154, 2004参照)、2004年に1件(同14人)(IASR 25: 337-338, 2004参照)、2005年に0件(速報値)の届出があり、ほとんどが飲食店での集団発生事例である。
患者発生動向:感染症発生動向調査によると、細菌性赤痢の届出は2003年471例(うち疑似症患者13例)、2004年597例(同12例)、2005年560例(同14例)、計1,628例であり(2006年2月6日現在報告数)、カキによる広域散発事例のみられた2001年、2002年(IASR 24: 1-2, 2003参照)より少なかった。推定感染地をみると(疑似症患者39例を除く)(表1)、従来同様、国外が過半数を占めている。国外ではアジアが多く、国別では2001〜2002年と比べ2003〜2005年はインド(8.6%→19%)、インドネシア(7.9%→12%)、フィリピン(2.3%→4.7%)の割合が増加し、中国(7%→ 6.9%)とベトナム(4.5%→ 4.9%)はほぼ同じ、タイ( 6.5%→ 3.6%)はやや減少した(表1)。アジア以外の例数は少ないが、従来に比べて推定感染地が多様化していることが注目される。2004年第35〜36週には航空機機内食が原因と考えられるハワイからの帰国者の集団発生事例が報告された(本号4ページ参照)。
推定感染地別に2003〜2005年の月別報告数をみると、国外例は8〜10月に多い。2004年8月には88例に急増し、9月も69例であった。2003年、2005年はともに9月がピークであった(図1a)。国内例は2005年3月に愛知県で集団発生事例が報告され大きく増加したが(本号4ページ参照)、その後の流行は見られなかった(図1b)。
2003〜2005年の患者は男性736例、女性853例と女性がやや多い。性別年齢分布を推定感染地別にみると、国外例では男女とも若年成人にピークがみられ、20〜34歳で特に多く、女性が男性を上回っている(図2a)。国内例では明らかな男女差はみられず、小児から高齢者まで幅広い年齢層で患者が発生している(図2b)。
赤痢菌検出状況:地方衛生研究所(地研)から報告された2003〜2005年の3年間の血清群別赤痢菌検出数は各年とも従来同様の傾向で、S. sonnei が2003年67%、2004年75%、2005年62%と高い傾向が続いている(表2)。S. flexneri は全体の16〜20%程度であったが、血清亜型では、S. flexneri 2aがその多数(44%)を占めた。S. dysenteriae の検出は3年間で6件あり、うちSd1は2件であった。S. boydii は少数で、特定の血清亜型への集積はみられなかった。S. dysenteriae 6例中5例とS. boydii 12例中 7例は国外例からの検出である。検疫所で検出された赤痢菌の血清群別割合も同様の傾向で、S. boydii とS. flexneri はインドからの帰国者からの検出が多い。
問題点と対策:赤痢菌は耐性菌が多いため、患者から分離された菌株の薬剤感受性の情報が治療上不可欠である(本号9ページ参照)。多くの国でテトラサイクリン、アンピシリン、ST合剤、ナリジクス酸の耐性菌が出現している。現在までのところフルオロキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシン、ノルフロキサシンは赤痢菌に有効であり、日本医師会の治療ガイドラインではこれらのニューキノロン剤とホスホマイシンの5日間投与が推奨されている。最近、アフリカ、アジアにおいてシプロフロキサシンに耐性のSd1が報告されており(WHO, WER 80: 94-99, 2005およびIASR 26: 182-183, 2005参照)、今後輸入例として問題となる可能性がある。
赤痢菌は腸管出血性大腸菌と同様に、微量の菌により感染が成立するため、感染が拡大しやすく、健康被害も生じやすい。二次感染を防ぐには、患者および保菌者を早期に探知し治療を行い、排菌していないことを確認する必要があり、単に症状消失をもって治療終了とはならない。また、少数の菌で汚染された食品が食中毒の原因となりうることから、原因食品の特定が困難であることが多い。したがって赤痢への対策は、患者個別の対応に加えて、公衆衛生上の観点からも依然として重要である。近年日本で発生している細菌性赤痢の多くは国外感染およびそれらの感染者からの二次感染、あるいは輸入食品の汚染による国内感染が推定されている。海外旅行者に対しては輸入感染症としての知識の普及をはかるとともに、帰国時に感染の疑いがある場合には、検疫所、保健所等で健康相談を受ける重要性を認識してもらう必要がある。また個人レベルの感染予防策としては、充分な加熱調理や石鹸による手洗いが有効であること、および家族内感染が多いことを認識してもらうこと(本号5ページ&7ページ参照)、行政の対策としては、喫食、聞き取り調査等の疫学調査を積極的に行い、感染経路を迅速に特定することが必要である。
感染症発生動向調査で報告された患者数に比して、地研からの赤痢菌の分離報告数は年々少なくなっており、現状では感染症対策に不可欠な血清型別、遺伝学的解析(本号6ページ参照)、薬剤感受性などの情報の確保が難しくなってきている。1999年の感染症法施行後、外来治療が増加し入院患者数が大きく減少している。感染症専門病院における検査が減り、一般病院での検査や民間検査所への外注検査が多くなってきたため、保健所へ菌株が集まりにくくなっている。また、検査の技術面として、赤痢菌同定検査の問題点も指摘された(IASR 24: 208, 208-209, 210, 210-211, 211-212, 212-213, 213-214, 2003 & 26: 94-96, 2005参照)。このため、感染症法施行規則が改正され、2004年9月より、患者発生の届出があった場合、保健所は医療機関、民間検査所等に菌株の提出を求めることができるようになった。保健所は積極的疫学調査の一環として、一般医療機関、民間検査所等で分離された菌株を収集し、地方衛生研究所に菌株が集まることが望まれる。
2006年速報:2006年1月下旬にマレーシア、シンガポールを修学旅行した高校生6人とその家族1人からS. sonnei が分離されている(本号8ページ参照)。