The Topic of This Month Vol.24 No.10(No.284)

重症急性呼吸器症候群(SARS)

(Vol.24 p 239-240)

新興再興感染症に対する関心と警戒の中、 2003年に原因不明の急性肺炎がアジアを中心として発生し、 拡大がみられた。3月12日、 世界保健機関(WHO)はこれについて地球規模で警戒すべき原因不明の感染症として、 Global Alertを発し、 次いで3月15日、 重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome:SARS)という疾患概念を提唱して、 世界中から情報提供を求め、 対策を図った。2003年7月、 新規患者発生のないことが確認され、 わが国では幸いに患者発生はなく、 現在に至っている(2003年9月シンガポールで1名の感染者が確認されている)。本特集では、 これまでのSARSの状況についてまとめた。

世界の状況:2002年11月頃より中国広東省で始まったと思われるSARS流行は、 2003年2月ベトナム・ハノイ、 あるいは香港において原因不明の非定型肺炎の院内感染の流行をきっかけとして、 その存在が明らかになってきた。ベトナムでの流行は比較的早期に終息に向かったが、 香港では、 院内感染および一部市中での感染として拡大した。さらに、 シンガポール、 台湾、 北京、 トロントなどで流行は拡大した。

原因不明、 あるいは原因が特定しにくいような疾患の多発の場合には、 鋭敏にその発生をとらえる必要があるが、 病名の診断を下して届け出するという、 通常行われている疾患名を中心としたサーベイランスシステムでは、 発生を感知する速度は鈍く、 対応が遅くなる。迅速性を優先にして疫学調査をまず行う場合には、 確定診断がなされる以前の症候群の段階で報告を求める症候群サーベイランス(syndromic surveillance)が有用であるといわれている。わが国ではG8サミット、 日韓ワールドカップサッカー開催時にこれを実施した経験がある(本月報Vol.24、 No.2、 37-38参照)。

WHOは今回のSARSについて、 早急に疫学的把握を行い対応策をとる必要性から、 初の世界的規模での症候群サーベイランスの実施を加盟各国に促した。当初は症候のみの疾患定義であったが、 病因としてSARSコロナウイルス(SARS-CoV)が明らかになった後、 病原検査の結果が参考資料として加えられるようになった。

WHOは症例定義を定めることによってほぼ世界共通の方法でサーベイランスの強化を行い、 情報の収集に努め、 アウトブレイク調査、 情報の還元提供、 種々のガイドライン作成、 各国との連絡、 調整などを行い、 さらに健康問題を理由にした初の流行地域への渡航延期の勧告を行った(本号9ページ10ページ参照)。

不明肺炎の病原体として、 当初トリ型インフルエンザの再発生、 あるいは新型インフルエンザ出現の危惧から、 WHOインフルエンザ協力センター(国立感染症研究所ウイルス第3部を含む)および各国のインフルエンザ研究所を結んだインフルエンザ研究ネットワークが対応したが、 インフルエンザの関与については否定された。WHOの調整によりこのインフルエンザ研究ネットワークの中からわが国を含む9カ国11研究施設によるSARS研究ネットワークが設立され、 それぞれの情報を共有した協力体制を敷き、 病原体の探求が行われた結果、 SARSの病原体として新型コロナウイルスの存在が明らかとなり、 2003年4月15日、 WHOはSARS-CoVとしてこれを発表した(本号3ページ参照)。

世界的規模で原因の探求と対応が行われたSARSは次第に終息し、 7月5日「最近の地域内伝播」として指定された国はなくなったことがWHOにより報告された。2002年11月1日〜2003年7月31日までの累積患者報告数は8,098例(うち死亡者774例)である(2003年9月26日改訂、 本号30ページ参照)。なお、 2003年9月シンガポールで1例の感染者が確認されているが、 単発的な感染例であり、 流行の拡大はなかったと報告されている(http://www.moh.gov.sg/sars/pdf/Report_SARS_Biosafety.pdf)。

国内の状況:2003年3月12日、 厚生労働省はハノイ・香港での原因不明肺炎発生について通達を出し、 関係機関への周知を図り、 3月14日WHOのSARS症例定義発表を受け、 これに準拠した形で届け出のための症例定義を定め、 国内におけるSARSサーベイランスを開始した。医療提供体制の整備、 医療機関における患者の管理基準および院内感染対策基準を作成・周知するなどの対応もあわせて図られた。また情報の開示、 SARS伝播確認地域への渡航に関する助言、 検疫の強化が行われ(本号11ページ参照)、 一般を対象としたSARS電話相談窓口なども設置された(本号19ページ参照)。3月15日、 国立感染症研究所(感染研)・感染症情報センターでは感染症情報センターホームページ(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)上に「緊急情報:重症急性呼吸器症候群(SARS)」を設置し、 SARSに関する情報の提供を広く開始した(本号12ページ参照)。

「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」におけるSARSの位置づけとして、 4月3日には、 SARSを新感染症として取扱うことが決められ、 感染症法に基づく行政対応が行われるようになった。さらに7月14日には、 指定感染症として政令指定された(本号11ページ参照)。2003年8月厚生科学審議会感染症分科会は、 SARSを感染症法の1類感染症とすることを提言としてまとめた。

わが国が行った主な緊急的国際援助として、 ベトナム、 香港、 中国、 フィリピン、 WHO 西太平洋地域事務局などにおける調査、 感染拡大予防のための専門家派遣(本号13ページ15ページ16ページ参照)、 および各国への院内感染対策物資供与等があげられる。

わが国においてSARSサーベイランス開始後各医療機関から届けられた症例報告は4月前半がピークで、 報告総数は68例(疑い例52、 可能性例16)である(本月報Vol.24、 No.7、 156-159参照)。疑い例・可能性例の濃厚接触者2例を除き全例が輸入例で、 その渡航先は台湾、 香港、 中国本土(そのほとんどが広東省)、 シンガポールの順に多かった。性比は3.0と男が多く、 年齢は30代25%、 20代19%、 40代18%、 10歳未満16%であった。わが国では厚生労働省に、 SARS対策専門委員会が設置され、 届けられた症例をその後の経過も含めて検討しているが、 これまでにすべての例が除外規定「1.他の診断によって症状が説明できるもの、 2.標準の抗菌薬治療等で、 3日以内に症状の改善を見るもの(細菌性感染等抗菌薬反応性疾患の可能性が高い)」に一致していることから、 WHOに対していったん報告された可能性例も最終的にはゼロとして修正報告されている(本号30ページ参照)。なお、 2003年6月にわが国を訪れた海外からの旅行者が発症、 自国へ帰国後入院した事例が発生したが、 当人は日本国内では診断を受けておらず、 報告には含まれていない。この時には、 関連自治体、 厚生労働省、 感染研などが協力し、 濃厚接触者などの追跡調査が行われたが、 日本国内での二次発症者は確認されなかった(本号18ページ参照)。

またSARS-CoVの検査が可能になったため、 2003年4月にSARS-CoV分離用細胞、 5月にRT-PCR用陽性コントロールcDNAが必要な地方衛生研究所(地研)に分与され、 地研と感染研による検査体制が整った。感染研では計 158検体について病原診断を行ったが、 陽性例はなかった(本号5ページ参照)。わが国ではSARS症状を呈したSARS-CoV感染者はこれまでに確認されていない、 と言える。しかし、 すべての症例に関し病原体検査が行われていないこと、 ペア血清の提出数は少なく、 血清抗体の推移の確認は一部の症例についてしか行われていないこと、 などの病原診断上の問題点が残る。

SARS感染経路:SARS-CoVは、 目下のところ人から人への感染が中心で、 感染経路としては、 気道分泌物の飛沫感染および接触感染が重要と考えられている。糞口感染、 空気感染などの可能性も、 完全に否定することはできないが、 その頻度は少ないと推測されている。これまでの感染状況から、 感染の危険性が最も高い行為は、 肺炎を呈したSARS患者、 ことに重症者の看護・介護、 発症した患者との同居、 または患者の体液や気道分泌物への直接接触など、 「SARS患者との濃厚な(密接な)接触があったこと」とされている。患者の多くは、 医療従事者やSARS患者家族などの二次感染者であり、 最も重要なことは、 発症患者を取り扱う医療機関内での拡大、 そこから社会への漏れ、 である。肺炎の極期、 そして重症者ほど、 感染力は強い。したがってこれらの患者を取り扱う医療機関での院内感染対策は重要である。発熱・咳嗽期の患者は、 感染力は弱いが、 警戒が必要である。潜伏期あるいは無症状期における他への感染力はゼロ、 あるいはあったとしてもきわめて弱い。すなわち、 通常市中での感染拡大の可能性はきわめて低いと考えられている。

まとめ:SARSはWHOによりGlobal Alertとして注意が喚起され、 世界的規模で原因の探求と対応が行われた。病原体も異例の早さで明らかにされ、 新たな知見が積み重ねられつつある。わが国では、 行政的には1999年4月に施行された感染症法による新感染症として対応を開始した初めての例となり、 病原が明らかにされた後に指定感染症とされた。7月に流行は一応の終息をみせたが、 WHOを中心とした各国の対策が効を奏した結果であるのかに関する明確な回答はない。SARSの出現は、 航空交通の発達した現代の感染症対策、 公衆衛生、 保健行政、 医療体制などのあり方に多くの問題点を投げかけた。ある部分は早急に、 ある部分は遅ればせながら改善したが、 未解決の部分も多い。SARSなど個々の疾患への対策は当然重要であるが、 幅広い感染症全体の対策の底上げを行うことが、 感染症の拡大予防という点で、 もっとも重要である。

2003年7〜9月に、 呼吸器症状を呈した海外渡航者からのインフルエンザウイルス分離が地研より報告されている(本号20ページ20ページ21ページ21ページ速報参照)。来るインフルエンザシーズンに向けて、 インフルエンザの病原診断は、インフルエンザ対策のみならず SARSとの鑑別上重要である。

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